四国遍路17日目 -岩本寺から金剛福寺まで-
金剛福寺までの道のりは結構長い。前回は岩本寺から金剛福寺まで、1日目。これは2日目である。
ー17日目ー
今日は宿から四万十川を少し超えた場所の野宿施設で一泊することを計画して歩き始めた。
朝8時に宿を出る。昨日の足の状態も考えて、少し短めにした。慣れというものは恐ろしいもので僅か数週間で割とみるものに新鮮感がなくなってきた。歩きが作業になってくると、この遍路で何を得ようというのか、何がしたくてここにきたのか、という重要な課題を思い出してしまう。うーん。。。
途中、道の駅ビオスおおがた、という大きめでめっちゃ綺麗な道の駅を見つけた。さらに、その先は森林浴に最適で、快適なサイクリングロードがあった。
写真撮り忘れた。失態だ。ずっと歩いて行くと、途中、これ本当に遍路道?という道?を見つけた。かき分けて進んだ。

↑たまにこんな空と河川を眺めていると心が洗われる。
そのあと、なんやかんやですぐ今日の野宿スポットについてしまった。この小屋、グーグルなどの写真で見た通りめちゃくちゃ立派で思わず声が出てしまった!南無大師遍照金剛の文字の勇壮さよ。地元の企業が設置してくださっているようだ。
コンテナ内部には、机、椅子、果てにはコンセントまで善意で用意されており、非常にありがたかった。あらかた内部を観察し終わり、机でブログを書いていると、たまたま通りかかった社員の方が通りかかったので、色々お話しした。今後のルートとか、世間話とかである。
その時、山本玄峰さん、という偉大な僧侶さんについて教えていただいた。山本玄峰さんは、昭和天皇の玉音放送で、今の歴史の教科書にものっている「忍び難きをしのび、耐え難きを耐え、」という最初の有名な一節にさえ影響を与えた偉大な僧侶だったそうだ。詳しくは、山本玄峰氏が、当時の内閣総理大臣宛に出した手紙の一文の冒頭がこのフレーズであり、昭和天皇の玉音放送に影響を与えたと考えられているそうだ。唐突になぜこのような方の説明をされたのかわからなかったのだが、実はこの山本玄峰さんは若くして失明しながらも四国遍路に赴いており、7周したところで33番雪蹊寺の近くで行き倒れになられた。その時に救った方がこの付近出身だったそうだ。あとで、この人のことを調べてみると、失明状態であっただけでなく、経済的にも困窮していたため、裸足で四国遍路を7周したらしい。夏は石畳が暑くて耐えがたい、と言っていたが、耐えがたいでは済まされないだろう。僕がその立場だったら、当然靴を用意するまで働いて、準備を万全にしてから挑もうとするだろう。しかし、耐え難きを耐えてでも、四国遍路を7周をも周り抜き、行き倒れた先に運命がひらけていった玄峰様、準備を軽んずるべきではないのだろうが、僕は本当に耐え難きを耐え切ってきたのだろうか。今も、遍路に来る前も。わからない。
↑今日の野宿スポット
-今日の行程-
歩いた距離 24.3km タイム 7時間20分
四国遍路16日目
今日は昨日行きそびれた岩本寺(1km先)を参拝し、次の金剛福寺を目指す。金剛福寺は足摺岬の先端にある。
↑この赤い丸のところが足摺岬だ。
あれ?今こんな先端付近まで来てるのか?って思ったかもしれないが、全くそんなことない。全然来ていない。なんとこの38番岩本寺から39番金剛福寺まで約95km離れている。薬王寺→最御崎寺間と同等の難所の一つと言われている。
そんな中、朝起きると、あれ?左足これ使い物にならなくね?痛すぎる。一応昨日は念入りにマッサージや湿布貼りなどしたのだが、朝起きて立ってみると左だけ痛すぎてまともに歩けない。湿布貼ってるのに。とりあえず、まだ経口の痛み止めは飲んでないからまず飲むとして、今後どうする?正直この日の朝の気分は最悪だった。ひとまずどれくらいいけるかと思って岩本寺まで進んでみたが、ほとんど前に進めない。めっちゃ時間かかった。この分では金剛福寺にはもう辿り着けないかもしれない。高知駅付近では、最悪やばくなっても撤退は容易だった。しかし、今はもう岩本寺まで来てしまっていた。さらにこれ以上進むと高知、龍馬空港に戻るのも難易度が上がる。加えて、高知から北海道まではどんなに安く見積もっても4万程度がかかる。何も成し遂げられないまま4万を浪費して帰るのか。でも、続けられる?本当に帰れなくなるかもしれない。実際、この先、金剛福寺までは、集落はあっても日に2本程度のバス以外に脱出する手段はない。どうしたものか。さらに、アキレス腱周辺の炎症って最悪山登っている最中とかに断裂するかもしれない。そうすれば、死ぬ?そんなことをぐるぐる考えながら、岩本寺まで足をひきづるようにしてたどり着いた。最低限ここまで来たんだから流石にここのお参りくらいはやっておくか、と当時は思っていた。
↑岩本寺。正面だが、正直ほとんど記憶が残っていない。参拝はしたが、これからのことで頭がいっぱいだった。納経所の方は親切にも話しかけてくださったが、余裕を持って対応できなかった。申し訳ない。
合理的に考えれば、帰る一択である。前回も相当無理をしている可能性が高い。医者は可能ならやめたほうがいい、と言っていたし。計画能力不足、実力不足で撤退することも、僕のような未熟な人間にとって必要な失敗かもしれない。でも、遍路の代金20、30万を稼ぐために結構頑張ったんだぞ。本当にいいのか、とぐるぐるしているときだった。不思議なことに、こういうとき、一番話しかけられたくないタイミングで、参拝者の方に話しかけられてしまった。
「きみ、若いのに歩いて回っているのか、えらいねぇ、たいしたもんだ」
素直に、足怪我してしまったので、今から帰ります、と言えばいいのに、僕は反射でくだらない見栄を張ってしまった。
「とんでもないです、ありがとうございます。僕、順打ちで回ってて次は金剛福寺なんですけど、なんかめっちゃ遠いって聞いて。結構ビビってるんですよね」
そのあとの会話は取り止めのないものだったが、僕の決意は固まった。足をひきづっても歩き続けようと。ある意味庇う歩き方はできる。庇う歩き方ができるということは負担を分散させさえすれば、歩き通せるということだ。時間はかかるだろうが、何も成し遂げられないまま終わるよりずっといい。
さて、足を引きづるようにして、ゆっくり岩本寺を後に、そのまま進んだ。今日の目標は遍路宿まぁる。たまたま30km地点で見つけた評判の良いお宿だ。しばらく歩いていると痛み止めの影響かかなり歩けるようになった。安心はできないが、ペースを落とし、休憩時はこまめにとり、その度に左足を脱力させた。
今日の遍路道は距離は短いながら個人的には、2つほど特徴的な場所を通過したと思っている。一つが、熊井トンネル。遍路みちを歩いていると、いつもの平成、令和チックで、圧倒的な科学技術の産物とは一味違うレトリックなトンネルを見つけた(写真は下に掲載した)。このトンネルは1900年代に建設され、担当した2人の大工がトンネルの左側、右側に分かれてその技術力を競ったらしい。そして、地元の子供達も含めた人々が建築に必要なレンガ等の原材料をこの場所まで運んだらしい。そんなトンネルが今もこうして残っていることはすごいことだと思う。
ちなみに、余談だが、実際に中を歩いてみるとわかると思うが、超怖い。中は真っ暗。周囲は人が全くと言っていいほど通らないため超静か。
自分のコツッコツッという足音しか聞こえない。。。。
あれ?今変な音しなかった?後ろを振り返ると、、、、
トンネルの中央に立つと、よりスリリングだと思う。マジレスすると、ここを夜間に通ってはいけない。トンネルおろか周囲に街頭ひとつなかった気がする。確か。
↑熊井トンネルの入り口。遠くからの写真しかなかった。ごめんなさい。
そして、もう一つがこの土佐西南大規模公園である。ここは、熊井トンネルを抜けてずっと先まで進んだ位置にある。今日のお宿にかなり近い。ここは大規模公園というだけあって、このような展望台だけでなく、子供等のための遊具等も備わっていた。結構凝った滑り台やブランコなどがあり、本格的だったが、誰もそこにはいなかった。こういう景色をみると夕焼けと共鳴してか、どこか寂しさを覚えてしまう。勿論夕方ということもあるのだろうし、平日なので当たり前なのだろうが、きっとここまで車を回してくる子供連れの家族はそう多くはないのではないだろうか。


↑土佐西南大規模公園の展望デッキの写真。夕焼けと相まって、本当に綺麗だった。いつみても夕焼けと海岸線はベストマッチだ。さらに、今日は恋人の聖地とはどこにも書いてない。僕の完全勝利だ。
宿到着は18時前後で上々だ。宿の湯船で足をマッサージして、明日の足の状態を気にしながら、就寝した。
-今日の行程-
今日も一応行程はのせるが、健脚ならばもっと先でもいい気もする。あくまで参考程度でとどめてほしい。

四国遍路15日目
今日はお宿りり庵から岩本寺付近のゲストハウスSOUまでの40kmを歩く。室戸岬までの長距離ウォークと同格のロングトレイルである。
本来なら青龍寺と岩本寺まで50km近くあるが、足の状態と日数を鑑みてフェリーでショートカットすることとした。
朝6時40分に宿を発った。若干肌寒いが、やはり野宿の時とは違い、体の芯が暖かいので全然大丈夫だ。温かい空間で寝られるということがどれだけ尊いことかをみにしみて感じる。野宿も全然悪くはないが。フェリーの乗り場は、グーグル先生の指示通り進めば、すぐに着く。予想通り8から10分で到着した。
↑埋立乗り場。
このフェリーは離島から通学する児童生徒を対岸まで輸送するのが主目的のようで、1日3便しか出ていない。さらに日、祝日は出ない。遍路では度々曜日感覚が狂うので要注意だ。休日はなおのこと平日でもあまり人がいないためである。また、すでに須崎市から民間委託されている関係か運賃が発生する。一方、種崎長浜間の渡し船は無料だ。さて、先述の通り、3便のうちの1本である7時10分発のフェリーに乗り遅れたら、次は10時まで来ずおしまいである。絶対に乗り遅れまいと、この乗り場の目印付近で待機していると、お兄さんがふらっとやってきて、「お兄ちゃん船乗るんかい?ここじゃ置いてかれちまうよ?」「えっ」「裏側の船渡し場までいかないと」「えっ」、、、まじかよ。教えてくれたお兄さん本当にありがとうございました。言ってくれなかったら2000パーセント乗り遅れていました。お礼をいい、急いで言われた通りにいくと、写真の建物の裏側に階段が隠されており(隠すって言ったら語弊があるかもだけど指示ないとわからんくね?これ)、そちらを進むと案内員の方がいらっしゃった。あまりに焦って写真を撮り損ねてしまった。くろしお号という小さな船だった。客は僕1人だけだった。遍路道に合流するなら横波までのるべきである。横波までは時間にして50分、運賃は620円。浦ノ内湾を船で進んだ。4つほど船付き場を回ったが誰もいなかった。
8時に横波に着いた。横波から少し進むと国道23号線に合流できる。本当に車通りも人もほとんどいない中、アスファルト上をゆっくり歩く。しばらくいくと、鳥坂トンネルが見えた。今日通る2つのトンネルである鳥坂トンネル、焼坂トンネルはいくつか通ってきたトンネルの中でも路側帯がかなり狭いため、相当危険なトンネルだ。大きなトラックに遭遇しないことを祈りながら進んだ。500m弱なので、偶然遭遇しなかった。23号線上およびトンネルなどほとんど止まれるところがなく、さらに食料調達も難しい。疲れてきたなぁと思っていると、とても綺麗な遍路小屋を見つけた。遍路施設ドットコムでは須崎遍路小屋No.17と表示されている小屋だ。トンネルを抜けて少し歩くと見つかる。結構、壁面にいろんな遍路に関する情報が転がっていたが、中でも目を引いたのが、ここが修行の道場、高知の遍路道のちょうど半分地点だそうだ。ほんまかよ、、、結構頑張って歩いたんやけどなぁ。休憩するつもりが逆に精神を削られる結果になってしまった。

まぁとにかくコンビニ、スーパーで軽食を調達しなければ、と思ってひたすら歩いていると、あれ?すき家?歩いて2時間程度、JR多ノ郷駅の近くに見つけてしまった。食い物!コンビニ飯も飽きてきていた所でまさかの。今日は須崎市を通過するため、須崎市では名物らしい鍋焼きラーメンを食べないといけない。流石に今は食べられな、、、食べました。牛丼ってこんなに美味しかったんだと思った。どう頑張っても月並みの感想しか出ない食事をしてしまった。仕方ない、そのまま鍋焼きラーメンを梯子することになった。ラーメン好きとして流石に食べないわけにもいかないし。選んだのは遊ゆう安和。750円で鍋焼きラーメンを注文した。スープは醤油ベース、トッピングにちくわ、かまぼこが来るのは流石四国といったところか。食べてみた感想としては無難に美味しい、だ。お鍋の締めとしてラーメンの麺を入れた、という域を出ない食べ物だった気がするけど、出汁が美味しすぎるため、全体的に美味しかった、という感じだ。でも冬かつ運動中なので温かい、胃に優しい醤油風味、というだけでとんでもなく高価値である。食べて良かった。


この店は国道56号線沿いにある。この店の手前でもいくつか遍路ルートの分岐があるが、最も速く岩本寺に辿り着けるのがこの56号線を歩き続けるルートだ。これは、先日、雪蹊寺でお会いした逆うちの歩き遍路さんの情報なので間違いない。ただ、このルートには、例の焼坂トンネルがある。全長約1km、路側帯はまぁまぁ狭く交通量も結構ある。ここは本当に選択になるらしい。一つ朗報なのは、いけばわかると思うが、本トンネル前に反射タスキがいくつも収納されている。これは高知県の警察署のお接待である。不安は準備で少し緩和することができる。正直焼坂トンネル内部を運転したことがないのでタスキの威力がどれほどか実感がないが、お借りした。ヘッドライトもつけて入ると、思ったより車通りがすくなかった。ただ一回めっちゃでかいトラックが通った。反対車線だったから良かったが、あのトンネルの中でどうやって僕のことをかわすんだ?と思うと結構怖かった。
↑焼坂トンネル入り口。
毎回トンネルを抜けるとふっと体から力が抜ける感覚がある。緊張していたのだと思う。反射タスキの収納ボックスは出入り口両サイドにあるので返して先を急ぐ。ここから先はよくある遍路道である。山を縫って作られた舗装道路をただひたすらに歩く。かと言って車も結構来ているから流石に歌を歌いながら歩くことも憚られる。要はこういうなんでもない道路が大半でありながら結構きついのだ。しばらくののち、14時頃に七子峠の麓まできた。七子峠とは、標高400m弱の峠で岩本寺までで結構厳しい峠らしい。この峠を越えると岩本寺までは平坦な道が続くとのこと。たまたまお会いした地元の方にも、「この時間から峠を越えるの?足場悪いところも結構あって、こないだ来た人は2時間くらいかかってたよ、気をつけてね」と心配されてしまった。この結構やばいんじゃないかという峠の道はウネウネうねるような遍路道となっていることから、この道のりは、添えみみず道と呼ばれているらしい。下の写真は添えみみず道の始まりで、右側のガードレールの薮が生い茂った部分に突入していく。こういうアスファルトで舗装された急勾配は、本当に足にえげつない負担がかかるため嫌すぎる。
↑そえみみず遍路道の始まり始まり。
確かに足場は悪い。道上のレキ岩に足をめちゃくちゃ取られる。それに足もまぁまぁ疲れているのでうまく踏ん張れず。さらに、山なので周囲が暗くなる時間も早い。山で真っ暗になったら終わりだ。一気に足元が見えにくくなり滑落するリスクや、遍路道のサインを拾い損ねて遭難するリスクが跳ね上がる。このように序盤は、まぁまぁの坂、階段、足を挫きかねない危険なレキ岩の存在で思うように進めず焦っていたのだが、意外にも急勾配は最初のコンクリートの部分が一番であり、中盤以降はそこまで気にならなかった。なんならうねりながらもできるだけ山の中でも平坦な道を用意してくれているため、足を休ませる機会も数多くあった。平坦な道では少し湿った土だけの道もあり、非常に進みやすいスポットもあった。さらに、地元の方々が遍路道の整備をしてくださっているという看板も見つけた。こんなきつい坂を登って、わざわざ道上にはみ出した薮をのぞいてくれているらしい。よく他の方のブログで地元の方に歩かせていただいている、という表現をなさっている方がいらっしゃったが、多少文脈は違えど間違いないなと感じる。総じてこの遍路道はかなり好きな道となった。さらに、七子峠を登り終えたあとも小さなボーナスタイムもあった(たぬき見つけた。この距離でみれるとは。小さくて可愛らしかった)。
↑七子峠を降りた先にたぬきがいた。獣は基本逃げていくので刺激しないのが一番だとガイドブック、先達さんが言っていた。
さぁ、難関の峠は約1時間半程度で降りて来れた。しかし、恐るべきことにここまで冒険しても、あと16km近く岩本寺までかかるという。いくら平坦といえど、当時はすでに15時半。16kmだと無限に頑張っても4時間程度かかるという信じられない状況である。40kmって長いなぁと思いながらひたすら歩いた。この辺りは歩道がしっかり整備されており、車道を歩かないといけない状況にはならなかった。終盤の夜の歩きは、あまりにいつも通りの感想だったので省略する。
(足痛すぎ。今どんくらい歩いたか確認した時に限って200mくらいしか進んでないのどうしてなん?なんか寒くね(当たり前)。)
ゲストハウスはめっちゃ良かったよ!場所も分かりやすかったし。
-今日の行程-

四国遍路 14日目
前日は、33番雪蹊寺の通夜堂で宿泊した。今日は36番青龍寺まで進むこととした。
朝6時半には、雪蹊寺の通夜堂を出発し、34番札所種間寺へ向かった。雪蹊寺から先はコンビニ等はないので、前日に今日の朝分の食料も同時に調達して置いた方が良い。6kmのコンクリートの山道を歩き続けると、7時50分ごろ種間寺に到着した。

納経所が開く前に辿り着いてしまった。しばらく時間を潰したのち、納経を終えた。納経所の方と軽く会話ができた。今の所、太龍寺、常楽寺、後一箇所忘れたが、その3寺以外では、納経帳に書いていただくだけだったので、とても親切に感じた。すれ違う人には可能な限り挨拶をする、と決めているため、必ず1日1回は他人と挨拶することはあっても、前日のように誰かとある程度しっかりと話す機会は少ない。決まり文句、挨拶以外の小さな会話が、ここまで楽しいとは。納経を終え、8時20分ごろ34番を出発した。この先は山道ではなく、今度は周囲が農地となった。平坦な道を2時間ほど進むとコンビニ、スーパー等たくさん現れる。昨日、逆打ちの歩き遍路の方に聞いたのだが、36番青龍寺、35番清瀧寺を回る順番は人によって違うらしく、36、35番と回る人もいれば、35、36と回る人もいるみたい。所要時間はあまり変わらないため、好みならしい。僕はある意図があって、35番から進むこととした。35番は山中にあり、道中は割ときつい坂道が続く。そのため、坂道の手前に笹岡ハイヤーという地元の営業所があり、そこで手荷物を一時的に預かっていただいたのちに、坂道を登った(無料で手荷物預かりサービスをしてくださっている。結構坂きつかったのでありがたい)。
↑山登ると結構綺麗だよ。
35番は古風な建物がそのまま保存されている感じだ。あるだけで有り難くはあるのだが、お手洗いはあまり綺麗ではない。麓のスーパー、コンビニ等の施設を使わせていただくなりして麓で済ませたほうが良いと考える。実は、麓から近くにマクドナルドがあるので、こちらも参考までに。ポテト久しぶりに食べたら美味しすぎて泣いた。
さて、荷物を回収した後、そのまま36番へ向かう。二時間ほど歩くと、今日の一番の難所である塚地峠の麓まできた。塚地峠に向かう途中、逆打ちのお遍路さんにお会いしたが、気温10℃程度とそこそこ寒かったにも関わらず、相当汗をかいていらっしゃったため、結構なきつさに違いない。塚地峠の麓にはかなり良い遍路小屋があった。とても綺麗なトイレもあり、遍路施設ドットコムでも野宿可能としてあった。しかし、トイレの設備は綺麗なのだが、個室の壁への落書きが結構酷かった。夜間の治安が心配されるため、野宿を考えられる方は参考にされたい。さて、塚地峠の遍路道は、結論からいうと、きつかったが、想定していたほどでは、といったところであった。やっぱり身構えていると思ったよりキツくないし、楽勝だと思っていると、100m程度の山道でもめっちゃきついと感じる。心の持ちようなんだろうなぁ。塚地峠は人によるが、所要時間は約1時間半くらいで攻略できると思う。峠を超えると、一気に海辺へ出る。この近くにあるファミリーマートはイートインスペースがあり、結構大きい店舗なので寄ったらいいと思う。なんでも揃っている。
↑この先の赤い橋をこれから歩いて36番青龍寺へ向かう。この冒険感は素晴らしい。
さて、海辺から歩き続け、この橋を渡ったのち、一時間程度で青龍寺へ到着した。青龍寺は標高自体は低いものの、境内に大変多くの階段があるいつものハメパターンで足を残してなかったため、相当苦労した。厄除け坂にあたるのかもしれないが、長距離を歩いてやっとの思いで辿り着いた歩き遍路にとって、この階段自体が災厄そのもののような気がしてくる。納経は16時半ごろでギリギリ滑りこむことができた。
高知の太平洋沿岸部に存在するお寺には、よく漁師の慰霊碑が建立されている。最御崎寺の近くにもあったが、このあたりまで歩いてきて、ほとんどの寺院で漁師などの水難事故への慰霊碑を見つけた。青龍寺は特に航海安全をメインとして信仰を集めているらしい。ここまで歩いてきて、海を相手に仕事をするということの意味、自然のご機嫌、という人間では絶対にコントロールできないものに対して、万一があった場合はどうしようもないけど、どうか帰って来られますように、と安全を祈るという感覚をなんとなく理解してきた気がする。安全を祈るという感覚は都会ではあまり感じる機会が少なかったが、こういうものを目にしていると、神という目に見えない何かを信仰することの理由も一緒に見えてきた気がする。
36番の巡礼を終えたため、今晩の宿へ向買った。ここで、なぜ僕が35、36番の順を選んだか、種明かしをここでしよう。それは、ここに三陽荘という温泉旅館があるからだ。750円で温泉に21時まで入ることができる!さらに足湯は無料である。完全に遍路を意識した神サービスだ。入ってみると、温泉の成分がすごく濃かった。これ750で入れるのか、というクオリティで満足度は非常に高かった。しかし、あまり遅くまでいると宿への到着が遅くなり、宿の方に迷惑がかかるため、一時間半ほどで切り上げ、宿に行った。本日はりり庵という宿だ。ここは明日の行程を考えると立地が完璧であるだけでなく、和室の個室をいただける。遍路の方でも大変人気な宿だそうだ(雪蹊寺で出会った逆打ちの遍路さんに教えていただきました)。

明日は、ボートを使って岩本寺を目指す。
-今日の行程-

-参考-

青龍寺から岩本寺へむかうための三つのルート(遍路施設ドットコム様より引用)
36番札所→35番と巡る人は、遍路みちから外れるが、34番の近くに通っている国道37号線を南へ下っていくことで、先に36番青龍寺に着くことができる。青龍寺は距離はあるものの、平坦なみちが続くため、行きやすい。35番清瀧寺はかなり坂があって体力を持っていかれるため、終盤にスパートで頑張り、高岡町付近で泊まるらしい。今回行かなかったので、なんとも言えないが温泉を抜きにしても正直35番、36番の順番の方がいいと思う。その理由は、宿泊場所が次のルート選択の自由度を大きく上げるからである。35番を最後にした場合、56号線を通る以外の選択肢はない(ここを通らないときた道を引き返す必要がる)。しかし、ここは遍路道ではないため、路側帯が極端に狭いなど、歩行に適さない可能性がある。トンネルとかも、遍路道かそうでないかで車の警戒度も結構違うと思う(高知でみた車のナンバーは殆ど高知で、県外はごく稀だった)。さらに否応なしに56号線を歩き切る必要がある。一方、36番札所付近で泊まっておけば、遍路道として3つのルートを取ることができ、自分の足の状態、かけられる時間を考慮に入れて作戦を組める。例えば、浦ノ内湾の海岸沿いを歩き切るルートが最も人気だが、足が疲れていたり、日数がなかったりすれば、朝一番にフェリーを使ってショートカットをしても良い。さらに、3つ目のルートとして、雪蹊寺で出会った歩き遍路さん達がおすすめしてくれた36番の先、横浪スカイラインを通るルートを取ることもできる。距離にして24kmの上、峠だらけで結構消耗する。しかし、その分景色が大変良いらしい。お宿りり庵はフェリーの駅まで歩いて8分である(立地神)。
四国遍路 13日目
さて、13日目は高知駅を出発点に、33番札所雪蹊寺へ向かう。
今日は距離にして20km前後と緩く設定しているため、朝はのんびり8時ごろ出発し、高知駅には8時45分着。そこから、ゆっくり移動した。足を悪くしてから初めて荷物を持って移動する遍路だったためそろそろ進んだが、まぁなんとかなりそう。最初は市街地だったがみるみる田舎になっていく。遍路なので当たり前だがどこか寂しさを感じた。
ほとんどコンクリート道だが、途中で綺麗な花壇を見つけた。

この花壇を抜けると、割とすぐに山道に入った。この割と険しい山道をひたすら登ると、いきなり植物園の中に入った。牧野植物園と呼ぶらしい。植物園内を通ると植物園の本館に突き当たる。この辺から遍路道の表示が途切れてしまい、迷ってしまった。そこで、植物園の職員の方に尋ねたところ、「館内に入って、エレベータか階段で3階に上がり、南口から出てください」とのことだった。指示通り進むと、3階に受付があり、逆走する形で外へ出ることができた。マップではすぐ近くに竹林寺があるのに、いやどこ?と思ったらすごい現代チックな竹林寺の看板を見つけた。そこから、竹林寺の正面へ向かうと、とても紅葉の綺麗な正面を拝むことができた。この日は土日だったこともあり、参拝者がたくさんいた。ここで、外国の方の順打ちの歩き遍路さん、Tさんに出会った。この後何回かお会いしたため、一応記録に残しておこう。
↑牧野植物園のすぐそばに竹林寺がある
↑竹林寺の正面
↑竹林寺の境内。紅葉めっちゃ綺麗。
さて、この後は、31番禅師峰寺まで一時間半、ひたすら海岸近くのアスファルトを踏み締めて歩き続けた。この辺りも、雰囲気がなかなか変わらず、飽きがくる。しかし、次の31番は標高100mの位置にあり、今までほぼ海抜10m近くを歩いてきていたため、最後に少しの山登りがある。この山登りの景色はなかなかのものだ。
↑31番付近の山登りした時の写真。

この31番を出発したのは13時ごろ。雪蹊寺にたどり着くには、浦戸湾を渡らねばならない。この時の渡り方は二つ。浦戸大橋を歩いて渡るか、四国遍路で運行されている数少ない渡し船の代表格、種崎→長浜間の船で移動するかである。この渡し船はなんと無料で乗ることができ、船を使う場合、5km近く距離を稼ぐことができる。さらに、この先渡し船に乗れる機会はそうないため、完全歩きで一切の交通機関を使わないという縛りプレーをしている人以外は使うべきだと思う。船は天候に左右されるが、一時間に一本出ている。(渡し船の時刻表等はこちら参照'' https://www.pref.kochi.lg.jp/doc/tosen1/ '')船は約6分程度だ。さて、一時間に一本のペースのため、時間調整のため、31番を出発した後、渡し船の乗り場の近くのコンビニでご飯を食べていると、竹林寺でお会いしたTさんと偶然お会いした。Tさんはベルギーからいらっしゃったみたいで、元々トレッキングを趣味にしている方だったようだが、日本が好きで、いつか遍路にきてみたかったみたい。今回機会があって来ることができた、とのことだった。とても流暢な日本語で話していたが、独学ならしい。すごい。それ以外にも軽く取りとめのない話をした後、彼はこの近くで野宿するらしいので、コンビニを出た後別れた。いくら日本好きでもあんなに流暢に喋れるもんかね。
そのコンビニからは約20分程度で船着場へ着いた。僕は15時10分発の船に乗った。約六分間と短い航行だったが、船員の方が親切に話しかけて下さった。船員さんがいうには、浦戸大橋は歩くには結構危ないらしく、結構こちらのルートを選択する人が多いそうだ。また、団体にも船の方がスペースがとりやすく都合が良いため、遍路で船を使うのはメジャーみたい。また、実は、来年7月よりから日本で初めて完全電気推進の船が就航するらしい。来年ぜひもう一度乗りにきて、と言われた。ここまでの歩きで結構疲労が溜まっていたこともあり、即答できなかった。
↑渡し船の乗り場。なんの変哲もない白の壁だが、ここが開いて船に乗れる。グーグル先生の表示を注意深くおった方がいい。
↑超新鮮!渡し船へ乗る瞬間。2分前くらいから乗り場が閉まり始めるので早くきた方がいいかも。
↑船内。上にはあがれないが、結構広い。
船を降りると、ここから雪蹊寺まで後1.5kmと教えてくださった。サービス精神の塊でした。あの船員さんありがとうございました!さて、16時ごろ雪蹊寺着。街の中にあった。近くにはスーパーコンビニが徒歩15分圏内にある。今日はここの通夜堂を野宿場所としてお貸しいただく運びとなった。たまたま境内でみかんを売っていた店主と色々話して情報収集していたらみかんをお接待でいただいた。本当にありがたい。今後歩くであろう岩屋寺がおすすめ、とのこと。岩の中に寺があってよかった、とのことだった。楽しみである。一方、ここからの山登りは、落ち葉と雪のダブルコンボで結構危ないかもしれないから気をつけてね、という忠告も受けた。しかし、対処は気合とのことだったので、行ってからのお楽しみということだろう。なんやかんやでお話の相手になっていただいた後、通夜堂に入ると、なんと今夜は僕以外に3名の遍路さんとご一緒することとなった。

↑通夜堂。まさか室内をお借りできるとは。(ちなみに暖房とかはないので寒いは寒い)
お二方とも逆打ちで回られているとのことで、この先の道路状況など色々お話しをお聞かせいただいた。また、美味しいうどん屋さんも聞いたのでぜひ回ってみたい。土佐出身の方からのリコメンドだったので、間違いないだろう。超楽しみだ。
僕はこの旅の目的を定義せずにこの遍路を今まで歩き続けてきた。ずっとなんとなくやってみたかったから、という理由だけでここまできた。室戸岬までの長い道のりでは、今自分のしていることに意味はあるのか。同期は社会的、能力的に力をつけ続けているのに、一体僕は何をやっているんだ、と何度も思った。そのたびに、音楽などで誤魔化そうとするが、ずっと意義が見出せずにいた。ただ、綺麗な景色を眺めているだけでいいのか、と自問自答することも多かった。しかし、今日歩き遍路の方と本当に偶然同時通夜堂に泊まることになり、遍路に関して様々なお話しをする機会に恵まれた。この経験を通して、こういう出会いがあることこそ、この遍路旅の大きな意義の一つなんだと強く思った。全く境遇や年齢の違う方と、どこの道が良かった、どこのお寺の境内がお気に入りだ、このルートはめっちゃ景色綺麗だからおすすめだよ、など、共通の遍路の話題で盛り上がることができる。本当は色々書いておきたいが、デバイスの電源が足りないので、後で加筆しよう。
四国遍路 12日目
さて、昨日はアキレス腱周囲炎でまさかの遍路終了の危機。ここで、足を休めつつ危険度を見るため、本日は昨日の漫画喫茶に貴重品以外を置いて出発した。
作戦はこうだ。まず、電車で大日寺の最寄りであるのいち駅まで移動する。のいち駅から大日寺、国分寺、善楽寺合わせて約20kmを荷物なしで歩く。どれだけ足が痛むか次第で継続の可否を判断するというものだ。余談だが、朝の時間帯でも一時間に2、3本しか電車がないため、注意が必要。
ちなみに今回回った寺社は意外にも結構お気に入りが多かった。正直昨日はやる気が失せて全て放り出して帰ってやろうかと思っていたが、せめて近いところだけ、と最後の小さいやる気を搾り出した自分に感謝したい。
さぁ駅から二キロ程度進んだ場所にあるのが大日寺だ。平日ながら割と参拝者は多かった。その原因はおそらくというか間違いなくこの仁王門じゃないだろうか。僕の行ったタイミングがドンピシャだったのか信じられないくらい綺麗な紅葉が拝めた。もうこれを見ただけでも十分行く価値はあったし、境内も穏やかな雰囲気に包まれながら参拝できた。

足は今の所若干の違和感はあるが全然歩けそうだ。朝少し痛かったがロキソニンテープで割と良くなった。今までケチって冷感の強い白い湿布を使っていたが、ロキソニンの方が強いようだ。
さて、今回のトレイルは、補給する地点が多く、見晴らしのいい川を渡れたり、田んぼの間を縫った道を歩けたり、峠を登れたりする割には結構たくさんの人がいらっしゃるため、比較的安全に、飽きずに回れるスポット群だと思う。
↑こういう河川敷は、多くの人にとって当たり前かもしれないが、都会で毎日机に向かっていた日々からすると本当に新鮮だ。どこまでも続いていく様に美しいと感じているのだろう、、か?わからんけどなんかいい。
さらに、二時間半ほど歩いて到着した国分寺は、街の外れに小さく存在する由緒正しきお寺という感じだ。境内で子供達が遊んでいる様子が見られて、きっと地域の要石の役割を果たしているに違いない。

↑国分寺ではお接待でお茶をいただける。ペットボトルは荷物になってしまうので、できるだけ持ち歩きたくない。したがって、このようなお接待の存在は本当にありがたい。
ってあれ?足なんやかんや耐えてるな。そのままの勢いで善楽寺まで進んだ。結構な峠があり、足がキツくなってきていた。やっぱり足は確実に悪くなっているのだろう。が、全然歩ける感じだった。
↑善楽寺。
↑一目惚れして柄にもなくキーホルダーを買ってしまった。こういうグッズは重くなるし、キリがなくなるから買わないようにしていたが誘惑に負けた。
記念のものも買えたし、なんだかんだ足も耐えそうだからもう少し頑張ってみることを決意。善楽寺の近くに土佐一宮駅があるため、そこからそのまま漫画喫茶まで公共交通機関で撤退した。
本日のルート
のいち駅から大日寺までのルート計測忘れあり。

四国遍路11日目
さて、いよいよ高知市街地までもあと2日。今日は大日寺までかなり寄せるためにファミリーマート南国下末松店の小屋を野宿場所にお借りする計画で38km、まぁきつくても松本大師堂の遍路小屋をお借りして野宿する計画を建てて朝7時道の駅出発・・・
あれ??
左足のアキレス腱めっちゃ痛い!!確かになんとなく今まで違和感はあったけど、湿布を貼ったり歩いた後ストレッチしたりで違和感程度だったため、なんとかなってると思ってたけどこれは、、、無理。。歩くたびに鈍い痛みが襲ってくる。なんやこれは。なんとか隣町の安芸市まで足を引き摺るようにして歩く。足の痛みが少ない歩き方はできても、一時間で3km弱しか進めていない。これは今日の工程は無理だ、、、やばい。病院に行こうにも候補が少ない。さらに整形外科の候補の口コミは大荒れだ。ダメだ、仕方ない。最寄りの安芸駅から電車に乗って高知市内に入り、病院に行くことにした。すなわち、本来歩くべき工程を電車でショートカットしようというのだ。悩みに悩んだが、本当に歩けなくなる前に行動すべきだと判断した。こう決めたら仕方ない。ついに完全な通しでの歩き遍路は諦めることとなった。しかし、ここで完全に全てを諦めるのと早めに対処して残りをしっかり歩き切るのどちらが大事かと考えれば一目瞭然だ。
恥を忍んで、11時18分安芸駅発高知駅行の電車に乗った。料金1240円だった気がする。
↑車内。久しぶりに電車乗ったけど田舎の電車はゆとりがあって好きだ。
↑車窓。安芸市って結構大きかったんだな。
高知まで電車で一時間半だという。僕はこれを2日かけて歩こうとしていたのだ。やっぱ早いんやなぁ(当たり前)。最初は景色を見て綺麗だなぁと月並みの感想を抱きながらぼんやりしていたら、そのまま寝落ちしてしまった。起きて気付けば高知駅のアナウンス。やっぱ電車ってすげー。少し寂しさを感じつつ列車を下車した。高知駅は行ったことがなく、ここへの到達が一つの楽しみであったため、ワクワクしながら改札を抜ける。すぐに周囲を確認する。うん、いい感じだ。駅舎のデザインもプラットフォームが吹き抜けでほぼ見えるようになっていて、あったかい県ならではだし、龍馬像もさすが高知といった所だ。でも、これは高知駅に限らないのだろうが、駅に人がたくさんいるという光景がまず嬉しい。ここのところずっと田舎を歩いてきたからだろうか、都会っぽいもの全てが恋しくなっている自分に気づく。ただ、都会の空気を噛み締めながらも、そんなことより、足の状態が先だ。すぐに病院へ向かった。


さて、病院の診断結果だが、アキレス腱周囲炎。歩きすぎでアキレス腱周囲が炎症を起こしていると。歩くのやめないと治らないからできれば遍路は諦めた方が良い、とのこと。なんてこった、、、
さて、ここで帰るなら飛行機を取ったりと手配が必要だし、すぐ取れないからきっと滞在費も嵩む。どうしたものか。さらに、そもそも今日野宿の予定だったけど、高知市内は無理だぞどうする。ひとまず、今晩の宿を探していると、やっぱり快活クラブが救ってくれた。漫画喫茶なら格安で泊まれる!さらに、ここで、一つ作戦を思いついた。漫画喫茶に荷物を置いて明日近場の寺を巡ってみよう。それで足が痛すぎて今日と同じだったら荷物を背負っての継続はもう絶対に不可能だから本当に諦めよう。
本日の工程
安芸駅→28番札所大日寺までの約20kmを電車で移動しショートカット。
明日 28番札所大日寺まで電車で赴き、荷物なしで30番善楽寺まで回ってみよう!の巻へ続く。